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Японские пословицы. Часть вторая.
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Оригинал взят у mishajp в Японские пословицы 8- 大風呂敷を広げる офуросики о хирогеру.




大風呂敷を広げる(おおぶろしきをひろげる)・・・ いや~、最近使われなくなりましたね~ 面白い言葉ですがネ! ま~あ、風呂敷その物を、知らない人もいるでしょう。 昔は、重宝しました。 いざと言う時には、何にでも使える。 頬かむり…マフラ~にだってできる。 子どもの頃は忍者の覆面に使った。 一番の使い方は、物を包む事だろう。 かなり大きなものまで、包み込んでくれる。 持ち運びも簡単、たたんでしまえる優れ物だ。 これほど便利なものもないだろう… 素晴らしい道具ですよね~~ ちょっと~~もも太郎… これを、きび団子のところまで~持って行ってくれっ! 何に入れていくのよ、こんな大きな箱をさ~ 何を言っているの~彼方は…考えなさい。 そこにあるでしょう~風呂敷が… ああ~これか・・そうだな~これなら入るよ! そのぐらいに重宝した風呂敷でした。 お~っと、話がずれてしまいました。 そんな風呂敷を使った言葉・・・大風呂敷を広げる。 かあちゃん、俺さ~あの会社に入ったら… 社長になったやるよ!!! 何をお前~~~大風呂敷を広げてるんだ。 そんな期待はしてないよ! 勉強もしない子が、成れる訳無いでしょう。 な~んて言われることもありました。 昔は、良く広げました。 大風呂敷、今じゃ~風呂敷も使われないので… 大風呂敷を広げるのも忘れちゃいましたがネ。。 広げて包む時は大きくなって、立派だけれど… 中身が出ちゃうと、只の布切れになってしまうのだ。 そんなところから、こんな意味になったのでしょうかね~^^ 大風呂敷を広げる・・・ 現実の状況に、釣り合わないような・・・ 誇大なことを言ったり計画したりすること。 いや~、しかしたまには良いような気がします。 大風呂敷を広げれるようにならなければ、面白くもない。 それが、自分の目標にもなって来る。 いや~~広げるだけでなく、其れに向かって突き進む… 大風呂敷を広げる、夢があって良いですよネ。。。



Оригинал взят у mishajp в Японские пословицы 9- 鶴の一声 цуру но хитокоэ.


鶴の一声
【読み】 つるのひとこえ
【意味】 鶴の一声とは、大勢で議論しているときに、否応なしに従わせるような有力者・権威者の一言。
【注釈】 鶴は首が長く、周囲を威圧するように甲高い声で鳴くことから。
【注意】
「一声」は「いっせい」とは読まない。
「鶴の一言」とは言わない。
【類義】 禽鳥百を数うると雖も一鶴に如かず/雀の千声鶴の一声/百星の明は一月の光に如かず
【英語】 A king's word is more than another man's oath.(国王の言葉は他の人の誓いにまさる)
【用例】 「会長の鶴の一声でようやく方針が決まった」

Оригинал взят у mishajp в Японские пословицы 10- 井の中の蛙 - и но нака но кавазу.


井の中の蛙大海を知らず
【読み】 いのなかのかわずたいかいをしらず
【意味】 井の中の蛙大海を知らずとは、知識、見聞が狭いことのたとえ。また、それにとらわれて広い世界があることに気づかず、得意になっている人のこと。
【井の中の蛙大海を知らずの解説】
【注釈】 狭い見識にとらわれて、他に広い世界があることを知らないで、
自分の住んでいるところがすべてだと思い込んでいる人のことをいう。
小さな井戸の中に住む蛙は、大きな海があることを知らないという意から、
物の見方や考えが狭いことを批判する場合に多く使われる。

『荘子・秋水』に「井蛙は以て海を語るべからざるは、
虚に拘ればなり(井戸の中の蛙に海の話をしても通じないのは、
蛙が井戸という狭い場所にとらわれているから)」とあるのに基づく。

略して「井の中の蛙」「井蛙(せいあ)」ともいう。
また、「井の内の蛙大海を知らず」「井底の蛙」とも。
「蛙」は「かえる」とも読む。

【類義】 鍵の穴から天を覗く/夏虫は以て氷を語るべからず/管を以て天を窺う/井蛙の見/井蛙は以って海を語るべからず/天水桶の孑孑/夏の虫氷を笑う/針の穴から天を覗く/葦の髄から天井を覗く
【英語】
He that stays in the valley shall never get over the hill.
(谷の中に住み続ける者は、決して山を越えることはない)
The frog in the well knows nothing of the great ocean.(井の中の蛙大海を知らず)
※ 20世紀初頭に英訳されたことわざ。

【用例】 「井の中の蛙大海を知らずで、彼はいつも得意げに自分の成功例ばかり挙げるけれども、世の中にはそれ以上に大きな事業を成し遂げている人はたくさんいる」

Оригинал взят у mishajp в Японские пословицы 11- 猿も木から落ちる - сару мо ки кара очиру.


猿も木から落ちる
【読み】 さるもきからおちる
【意味】 猿も木から落ちるとは、その道に長じた者でも、時には失敗をすることがあるというたとえ。
【猿も木から落ちるの解説】
【注釈】 木登りに長けた猿であっても、時には木から落ちるということから、
達人と呼ばれるような者であっても、失敗することがあるということ。

【注意】 「猿は木から落ちる」というのは誤り。
【類義】 河童の川流れ/麒麟の躓き/孔子の倒れ/巧者の手から水が漏る/弘法にも筆の誤り/権者にも失念/釈迦にも経の読み違い/上手の猿が手を焼く/上手の手から水が漏る/千里の馬も蹴躓く/千慮の一失/知者の一失/知者も千慮に一失あり/天狗の飛び損ない/念者の不念/百足のあだ転び/文殊も知恵のこぼれ/竜馬の躓き
【対義】 愚者にも千慮に一得あり/愚者も一得/千慮の一得
【英語】 A horse may stumble though he has four legs.(四本足の馬も時には転ぶ)
The best cart may overthrow.(最上の馬車でも転覆することがある)
Even homer sometimes nods.(偉大なホーマーも時には居眠りすることがある)
【用例】 「まさか彼ほどのピアニストが、あの曲で弾き間違えるなんて。猿も木から落ちるだね」

Оригинал взят у mishajp в Японские пословицы 12- 渡りに船 - ватари ни фуне.


渡りに船
【読み】 わたりにふね
【意味】 渡りに船とは、困っているときに、ちょうどよく助けになる人や環境に恵まれること。
【渡りに船の解説】
【注釈】 どうやってこの川を渡ろうかと考えていたときに、都合よく目の前に船が漕ぎ寄せてきた、ということから。
「渡りに船を得る」ともいう。
「船」は「舟」とも書く。

【注意】 「渡りの船」というのは誤り。
【類義】 得手に帆を揚げる/干天の慈雨/地獄で仏に会ったよう/日照りに雨/闇夜の提灯

【英語】 He jumped at the proposition.(彼はその提案に飛びついた)
【用例】 「人手不足で困っているときに、職を探していた友人と偶然再会した。互いの条件も合って、渡りに船というものだ」

Оригинал взят у mishajp в Японские пословицы 13 一期一会 итиго итиэ.


意 味: 
一生に一度の出会いのこと。また、そのことが生涯に一度限りであることを表し、人との出会いなどの機会を大切にすることのたとえ。

解 説: 
「一期」は、人が生まれてから死ぬまでの間を意味する仏教語で、もともとは茶道の心得を説いた言葉だった(今日という日、そして今いる時というものは二度と再び訪れるものではない。そのことを肝に命じて茶会を行なうべきである)。

出 典: 『茶湯一会集』

英 訳: meeting only once in a lifetime/ Treasure every encounter, for it will never recur.

用 例: 一期一会が大事だと思うので、旅先で会った人には必ず手紙を書くようにしている。

Оригинал взят у mishajp в Японские пословицы 14 - 耳が痛い - мими га итай.


耳が痛い (みみがいたい)

他人の言葉が自分の弱点をついていて、聞くのがつらい。

That hits a sore spot.
That makes my ears burn.
それを聞くと耳が痛い。

Оригинал взят у mishajp в Японские пословицы 15 - 二足の草鞋 - ни соку но варадзи.


二足の草鞋を履く
【読み】 にそくのわらじをはく
【意味】 二足の草鞋を履くとは、両立し得ないような二つの職業を一人ですること。また、相反するような仕事を同じ人が兼ねること。
【二足の草鞋を履くの解説】
【注釈】 一人の人間が二足の草鞋を同時に履くことはできないことから、同じ人が普通は両立しないような仕事を一人ですることをいう。
江戸時代、博徒が十手を預かることを「二足の草鞋」といった。
博打打ちが十手を預かり、同じ博徒を取り締まる捕吏を兼ねていたことから生まれたことわざ。
昔は公的な仕事のほかに、それと相反する仕事をもつ場合が多かった。
現在では、多く二つの仕事を同時にこなす場合に使われる。
単に「二足の草鞋」とも。
【注意】 「二足」を「二束」と書くのは誤り。
【用例】 「彼は医師でありながら、趣味で極道映画も撮っていた。今回映画の作品がノミネートされたのをきっかけに、二足の草鞋を履くのはやめて、映画監督として作品作りに専念するそうだ」




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